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震災その後 

3月11日金曜日、14時46分に三陸沖で発生した地震は、数分かけて栃木の地面を震度6強で揺らした。その結果、会社では天井やALCの壁ははがれて落ち、しばらく出社できない状況となった。

一次避難のまま1時間以上拘束された後に帰宅指示となったが、携帯電話の回線は輻輳が発生し通話はできず、パケット通信のみなんとかできたのでメールで家族の無事だけは何とか確認した。

docomoはメール送受信はできたが(受信はプッシュはされず、サーバー問い合わせが必要だった。)乗り合いで帰ろうと声をかけた同僚はSoftbankだったためかメールでも連絡が取れなかった。

自宅までの10kmはすべての信号が消えていて大渋滞。途中寄ったコンビニでは携帯の簡易充電器が売り切れ、レジの行列ができていた。

2時間弱かけて自宅に着いたのは日没後、暗くなる直前。
幸いマンションの被害は軽微で自宅も水槽の水が半分に減っていた以外は大きな損失は無かった。
水槽の水が海水だったた上、置いてある場所がベッドの枕元の為、枕とシーツがひどく塗れて嫁からはずいぶん責められた。

その夜は余震も頻繁に起きていたのでマンションの状況確認をして服を着たまま寝た。
夜が明ける頃には停電も復帰しているだろうと考えていたが、各種の情報を集めると夜明けまでの回復は見込めないとの事。
この時に、先日入手した galaxy tab が役に立った。生きていたのはdocomoのパケット網だけだった。電池式のラジオの無い我が家ではこれが無かったら情報難民だった。最悪、携帯はあるが、さすがに不自由だ。

しかし、携帯電話回線の基地局のバックアップは24時間程度しか持たないということもわかった。もし、24時間を過ぎて停電が復旧しない場合、これらの唯一の情報源も絶たれることになる。
そんな心配も、ちょうど24時間ほどで停電が復旧した為、杞憂となった。

土曜日は早朝から給油できるSSを探した。目標は最低2週間分+長野往復分。
駅の西では既に停電が復旧しているというので足を運び、開店と同時にセルフの店で携行缶に22Lとタンクに満タン詰めた。もう一台の車にも給油しようとSSを探したがどこも行列で並ぶ気は無くそのまま帰宅。

マンションは地下受水槽で直接圧送式の為、電気がないと水道が出ない。従って、ガスが使えても水が出ないのでご飯すら炊くことができない。
そこで、駅西のお友達のうちに出向いて少々お世話になった。子供の年が近く、母同士が気が合うらしい。
そうそう、このうちの旦那さんが油槽所でお仕事をしている方で、石油の需給状況の情報を頂く事ができた。
このお宅でアイルトンと嫁を置いて私はガソリン探しをしたが、どこも売り切れや行列。

そうこうしているうちに自宅周辺が停電復旧との情報を得たので自宅最寄のENEOSに向かう。
すでに200m程度の行列だが、自宅近辺の行きつけのSSだから並ぶこともやむを得ず。
30分ほどで満タン給油ができた。
店員に在庫を聞くとレギュラー20、ハイオク10(kL)と。
停電中に営業しなかったのでかなり潤沢。しかし、次の入荷は未定とのこと。
これで車2台と携行缶22Lを確保できて少し安心した。

土曜の夜、原発の状況が悪く(隠蔽体質の為か極端に情報が少なく信憑性が低い)、急遽、予定より早いが長野に疎開した。
その後、各地の放射線測定値が得られるようになり、枝野さんの会見からも初期の不安は減少した。
枝野さんは政治家のわりに論理的な説明ができていてわかり易い。原子力安全・保安院の専門家の癖にカンペ読み&鋭い質問にはしどろもどろとはちょっと違う。勉強しているんだろうなと思い調べてみると弁護士だった。
ちなみに枝野さん、ご実家がご近所さんらしい。ちょっと応援したくなる。

長野でもガソリンは品薄。手回し充電ラジオも単一電池もバッテリー式のランタンも手に入らなかった。
ホームセンターはさながらオイルショックの様相を呈していてティッシュ、トイレットペーパーが無かった。
いつも以上に買いだめすることは悪影響しかないのだが、群集心理というものか。

確かに、震災により供給量が減ってしまったものは仕方が無い。
JXの製油所は8ヶ所のうち4ヶ所が止まってしまっているので完全に供給量が減っている。
電池は、計画停電により需要が増えて需給バランスが崩れている。
しかし、紙や米はどうだろうか。製紙工場が大打撃って聞いていない。米の在庫が津波で流れたとも聞いていない。被災地で足りないといっていると聞いて不安になっているだけだろう。
こんな時に、被災地(それも軽度の)に送ってあげたいと思うかもしれないが、それもやめたほうがいい。
宅配便に負荷をかけることはマクロな視点で見て得策じゃないし、重度の被災地では宅配便が届く頃には既に十分な配給が行なわれているはずである。
つまり、もういらねぇよってタイミングでこんなにどうすんだよって量が届くことになる。

話を戻そう。
原発の不安が減っても子供に対するヨウ素131の影響や、再臨界の可能性を考えると計測値からも長野に居てもらいたいが、姑に気を遣うのも限界のようだったので、風向きが西寄りなのを確認して戻ってきた。

それからは計画停電と物資不足のなか、少し不自由に過ごしている。
震災から1週間はこんな感じでした。
少しずつ、ブログもupしていきたいと思う。

誤字脱字修正:2011.4.1
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